東京地方裁判所 昭和55年(ワ)7294号 判決
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【判旨】
二 そこで、原告のなした解約の申し入れに正当事由があるか否かについて判断する。
1 <証拠>によると、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 本件建物は屋根、支柱、囲いがあるだけで、天井も床もない構造で、建築後約六〇年程度経過している。本件建物の土台は腐蝕がはなはだしく、殆んど形骸を止めていない。柱は地上三〇センチメートル前後まで腐蝕がはなはだしい。外壁は周囲セメントモルタル仕上げであるが、各所に亀裂、破壊、脱落がある。内壁、柱、梁、小屋組等の木材はすべて露出のままで、経年による風化、損傷が全体に進行している。屋根も既に風化腐蝕の域に達し、塗装等による雨漏防止で一時凌ぎの状態である。以上から、本件建物の朽廃度は七五パーセント程度と認められ、今後の耐用年数は七、八年程度と考えられる。
(二) 本件建物は都電三の輪橋停留場及び地下鉄三の輪駅の近くに位置し、交通至便な場所にあり、周辺には中小工場、事務所、倉庫、一般住宅、アパート等が混在している。
(三) 原告は本件建物の敷地の他にこの付近に約三〇〇坪の土地を所有しているが、これらは既に他に賃貸している。原告は従前からの赤字を解消するために、本件建物を取毀し、その敷地を場所にふさわしい効率的な利用によつて収益を上げたいと考えている。
(四) 被告は現在、本件建物を中古雑誌類の整理、集積用倉庫として使用中である。
2 以上の事実に徴して当事者双方の事情を比較衡量して正当事由の有無を判断する。
確かに、原告が主張するように本件建物は老朽化しいずれは建替えを要する段階にあることは認められるが、朽廃の程度が著しく、倒壊の危険がある段階に至つているものとは認められず、なお、倉庫等として数年間は耐用年数を有するものと認められる。そうすると、原告がいう本件建物の建替えの必要とは、右建物を取壊して、その跡を駐車場、アパート等として効率よく利用し原告の赤字を解消しようという経済的理由に尽きるものと思われる。他方、被告は約三〇年間本件建物を紙屑集配の倉庫として使用してきたもので、付近に本件建物と同規模の建物を新たに賃借することは容易ではなく、従つて本件建物を原告に明渡すときはかなりの損害を被ることが予想される。これらの諸事情を比較すれば、原告の本件建物取壊しの必要性は、被告の本件建物使用の必要性よりも劣るものというべきであるから、原告の無条件の解約の申し入れには正当事由があるものと認めることはできない。
3 しかし、右被告の利益も主として経済的利益に他ならないのであるから、原告が被告に対し相当の移転料を支払い、被告が他に移転することにより被るべき経済的不利益の相当分が填補される場合には、既に認定した当事者双方の事情に加えて右相当の移転料の支払を補強条件とすることにより、原告は本件賃貸借の解約申入れをするにつき正当の事由を具備するに至るものと考えられる。ところで、原告は被告に対し、相当と認められる金銭を支払う用意のある旨を申し出ているので、以下右相当額について検討するに、鑑定の結果及び原告代表者の尋問の結果によれば、本件建物の借家権価額は金一七二五万円余と評価されること、原告は本件訴訟に先立ち、被告を相手方として本件建物明渡を求める調停を東京簡易裁判所に申立てたことがあり、右調停においても金一〇〇〇万円の支払を提示したことがあること、現在では金一二〇〇万円位、場合によつては右借家権価額程度の金銭を支払つてでも本件建物明渡を希望していることが認められ、右の事実を総合して考慮すれば、金一七〇〇万円をもつて右相当額と定めるべきものと考える。もとより右金額の支払によっても、本件建物明渡しにより被告の被る経済的不利益のすべてが填補されるというものでは必ずしもないがそれは衡平の観念上、被告において認容すべきものと解するのが相当である。
(西理)